2017 3 11 14:47








残念ながらYoutubeから既に削除されたため、今はリンクを貼ることが
もう出来ないけれど。

昨年までは自衛隊音楽隊がこの曲を演奏する様子が、UPされていた。
撮影時期は2011年、場所は宮城県の閖上地区。

ヒライさん御本人?と聴き違えるほど、声質も歌い方も本当にそっくりな
ボーカルの隊員さんの声に耳を傾けるうち、しかしやがてじわじわと熱く
込み上げて来る感情が、抑えられなくなってしまった。

彼らが何故、ここで披露するナンバーとして、この曲を選んだのか。

表立って語られることのない部隊員一人ひとりの心情を代わりに描いて
ほしかったのだとしたら・・・この歌を置いて、きっと他に無かっただろう。


だから今もこの曲を聴くと、きつねは胸が痛み、目頭が熱くなる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


VAA.jpg


今年もその日が勤務スケジュール上、休日に当たっていたことから
月初めには既に「そのつもり」でいたけれど、やはり直前まで迷いが
心の隅にあった。

沿岸に知己も縁もない者として、行くにしても「この日」じゃない方が
良いのではないか?という思いが大きくなったり小さくなったりしつつ
消えることは無かった。

結局東へ向けて愛車の舵を切った理由は「自分がどうしたいのか」に
対して正直でいたい、忠実でありたいと考えたからだった。


VA_201703140805210b2.jpg


R106の譲り合い車線を海へと向かう、プレハブを積んだ隊列。

内陸と三陸を結ぶ最短路線のこの国道が6年前の震災関連で
復興支援重要幹線となったのは、言うまでもないことだけれど。

この道沿いの市町村も昨秋台風の直撃で大きな被害を受けた為
見掛けるダンプも重機も傍目には、どちらの現場へ向かうものか
分からない。

高速ではないにもかかわらず、盛岡から宮古まで約100kmの道のりを
二時間弱で走れるのは、間に市街地も信号もほぼ存在しない為だ。

内陸を真横に走るR106と、沿岸を縦に結ぶR45の交差点。

NTTの建屋がある通りは今も「津波の記録映像」としてテレビで頻繁に
流れる、湾から堤防を越え船や家屋がなだれ込んだ道路そのものだ。


VC_20170314080523101.jpg


「最寄りの海の街」、宮古市はあえてスルー。というのもツーリングでも
ドライブでも、年に何度かは必ずお邪魔する地域ゆえのこと。

今日行きたいのは、震災直後こそ多く取り上げられたものの近年は
全国区のメディアにあまり乗らなくなってしまった地域だったから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


VD_20170314080525200.jpg


ここから北なら田老地区、田野畑や普代を通って久慈市辺りまで・・・
このルートは昨春と昨秋、スポーツスターやロードスターで走っている。

信号が青に変わる直前、南行きを選ぶことに決めてウインカーを灯した。

R45と並行し海辺を行くJR山田線は今でも宮古市より南へ走っておらず、
昨年までは生い茂る草に覆われたレールが潮風に赤く錆びついていた。

でも、今年は違う。いよいよ悲願だった宮古~釜石間復旧プロジェクトが
具体的に転がり始めたことを、白く輝く真新しい砕石が教えてくれた。


VD2.jpg


R45を南に下るなら・・・と、きつねがまず目指した場所は、山田町。

穏やかな地形で浜が連なる普通の海岸線しか知らないヒトには、
少し理解し難い話だろうと思うけれど。

単純に「宮古の隣り町」と捉えて訪ねると、実情とイメージの乖離に
驚かされるんじゃないだろうか

縦にも横にも鋸の歯の如く湾と山が入り組んだリアス式海岸のため
山田に限らず岩手沿岸の都市は、ほとんどが同一エリア視出来ない
「陸の孤島」。

これは地形に限らず自治体の在り方や考え方も個々にバラバラと
ならざるを得ないことを暗に示している・・・もちろん、復興の進捗も。


VE_20170314080528cdf.jpg


ツーリングでも旅でも「極力行き当たりばったりを良しとする」きつねメ故
ご飯も行きたい方角以外は特に下調べもせず、ノー・プラン。

ただひとつ、ブログで伝えたいことを考えた時、出来れば仮設のお店で
食べたい・・・という希望はあった。

混みあう時間を避けて正午少し前にお邪魔したのは、津波が来る以前
陸中山田駅前に半世紀もの間、店舗を構えていたという「藤七屋」さん。

この情報とて、帰って来てから検索して知った事柄だったんだけれども。


VF_20170314080529b63.jpg


画像のチューシュー麵と中華そば、あとはライスのみというメニュー。

これはきつねの人生の中でも「選択肢最少記録更新食堂」だけれども、
なんと朝六時開店!というコンセプトを知れば理由にも納得が行く。

要は元々、朝が忙しい漁師さんと市場のヒトたちのための食堂なのだ。

メニューが少なければ誰も迷いが生じないので注文も早く済むだろう。
出すものが決まっていれば作り手だって仕入れも厨房の勝負も早い。

だから・・・茹で上がりも早く済む、細い縮れ麺を使っているのだと思う。


VG_20170314080531b33.jpg


「品数少なく提供は素早く。しかし、半世紀の歴史は伊達じゃないよ」と。
明らかに大量生産版ではない、マジなチャーシューが口の中で溶ける。

カウンター席の隣では、30歳を過ぎたばかりと思しきスーツ姿の若者が
二人、ラーメンのスープ以上に熱い舌論を静かに交わしていた。

「ずっとヒサイチってキーワードに寄り掛かっていたら未来は無いべよ。」
「不本意な理由だけど町の名前は全国に届いた。ここから繋がねばよ。」

きつねがあえて仮設のお店を選んで聞きたかったのは、こういう声だった。


VH_201703140805328a9.jpg


「ほとんど無傷で済んだ内陸のヨソモノがよ、ナニ偉そうに!」という
批判は多かれ少なかれ、絶対に避けられないものだろうと思う。

でも・・・ホンネ言おう。俺、切ない。自分でもどうしたらいいのか全然
分からないんだけれども、この先を考えると「どうにかしなきゃ!」と
気が焦ってしまうんだ・・・辛いんだよ、岩手県民として。

食堂の隣りで語り合っていた二人の言葉は、本当に切実な問題だ。

公務や仕事で視察したり派遣されたり、或いはボランティア有志として
この震災を機に初めて全国各地から訪れた人の数は、数万人に及ぶ。

全国に数百数千あるだろう「誰も知らぬ地味な田舎の港町」のことを
キッカケが何であっても「自分が実際に訪れた旅先」に加えた御縁が
とんでもないぐらいたくさんあるはずなんだ。


VI_20170314080534a4f.jpg


「震災当日、炎が市街地を全て焼き尽くす映像が流れた山田だけれど。
その街に住んでいる人々はこんな感じでさ」と語れる人が、全国にいる。

「町長さん自身を筆頭とする役場の人たちが津波で命を落とした大槌は
街の大きさがこのぐらいなんだけれど、こういう地形で全部さらわれて」
という追体験を語れる人が、やっぱり全国各地にいる。

被災された地元の人たちと親身になって触れ合ったことが記憶となり、
その土地その街ならではの事柄を思い出に持つ人が全国にいるのに。

「多くの人に知って親しんでもらえたこと」が、復興に繋げられていない。

ただでさえ自ら声高にアピールし目立つことを憚る県民性を持つが故、
「シンサイとかツナミとかフッコーとか聞き飽きたし正直ウゼぇし」という
関連のない人々の声に、ことさら抗うことも出来ずにいるけれども。

分かるかい?6年経っても耐用年数をとっくに過ぎた仮設のプレハブに
住むヒトが何千何万もいるっていう現状が「とんでもないことだ」って、さ。


VJ_20170314080535d9e.jpg


当時40才のきつねメが46才になったって、別に大した違いはないけれど。
しかし客観的に見たら、中学生が成人を迎える程のロクネンという月日は
もう相当に長いものだと思うんだよね。

そのロクネンを「内張りも断熱材もエアコンも一応完備しましたよ」という
物置小屋で、家族一同暮らしてごらん?絶対人生の何かがが狂うよ?

・・・正直な話、想像出来ないでしょ、そんな生活とか、そんな未来・・・。

だけど多分「日々度重なるメディアの報道」という名のロードローラーで
延々繰り返し繰り返し轢かれてノシイカの如くペチャンコになっちゃった
「シンサイ」「ヒサイシャ」「オオツナミ」「フッコウ」というキーワードからは、
聴き手の想像力を3Dで呼び起こすチカラなど、持っていないんだと思う。


VL_20170314080604d3d.jpg


七周忌に当たる日に沿岸から100km離れた街より、さしたる理由もなく
物見遊山にやって来た罰当たりな中年ぎつねは、なんぼ非難されても
仕方が無い存在ではあるんだけれども。

ただひとつだけ主張出来る正義があるとしたら、微々たる数であっても
「被災県民として捉えた現在の沿岸の実情」を伝えることだけ、だろう。


俺たちの愛した不器用な海辺の街へ、どうか耳や心を傾けて下さい。
あの日も絶体絶命のピンチだったけれど、実は今も変わらないんです。

仮設に住む両親が身を削り育てた我が子たちが高校を卒業しても・・・
地元には今も就職先が無く、震災前から育った街を出る他に選択肢が
無いのです・・・。

どうか、「人口流出が止まらない」というネット記事の行間を察して下さい。


VO_20170314080605852.jpg


2017年、3月11日、14時46分。

きつねメが今年その瞬間を迎えたのは、旧三陸町・吉浜駅を見下ろす、
他には誰もいない小さな原っぱの上でありました。

昨年は陸前高田でカサ上げ工事に従事する親父さん達と共に首を垂れ、
一昨年は勤務の関係で職場の詰め所から東へ向けて祷りを捧げて。

所詮は自慰行為。

誰かの心を救うことなど少しも出来ない程度の身でも、あの日あの時・・・
自分のことだけで精一杯で、その30分後に襲った沿岸の惨事に対し
何も思い及ばなかった悔いを、胸に刻まずにはいられなかったのです。

けーたろーの窓を下げボリュームを開いて聴き取る、3月で閉局するという
地元防災FMのカウントに合わせて・・・黙祷。


VP_201703140806073ef.jpg


津波到達を教える無線のスピーカーから耳をつんざくサイレンが響く中。

水平線に向かって両手を合わせた下手の鉄路、三陸鉄道南リアス線の
車両がゆっくりゆっくりと徐行を掛けて、やって来るのが見えました。

ナンだろうね、ナンなんだろうね・・・自分でも説明のつかないような
とっさの行動だったけれど・・・何故かきつねの右手はオデコに対し
自然と斜め45度の角度で添えられていたんでありますよ。

黙禱を促すサイレンが鳴り終えた頃に、その細い瞳を開けた時には
乗務員さんの白い手袋も、こちらへ向け返礼を手向けておりました。


見知らぬ相手とも敬意と敬愛を交わす。PIECEって、そういうことだ。


それだけでも今日この場所へ来た意義が確かにあったのだと思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


VS_20170314080611bae.jpg



いつの頃からか、代々内陸と沿岸南部のバイク乗りが共有する大切な
「交流と情報交換の要所」である、辻のしらいし屋にて黄昏の一服を。


知る人ぞ知る名物だったワンオーナーの前期コスモ・スポーツも既に
在りし日の雄姿を店内のパネルに残すのみだけれど・・・。

きっとあと一月もすれば、例年通り缶コーヒーを片手に談笑を交わす
単車乗り達が、しばしば見られるんじゃないかな。


ここ最近は軽く小さなセローとゴリラばかり引っ張り出しているものの。
今期は積極的に「大きい方」を活躍させ、出来るだけ三陸の海へと
出向きたいものです。

貧乏で見すぼらしい中年ぎつねが彼の地へ落として来られるお金や
報告のブログがもたらす効果なんて、たたが知れているけれども、ね。
スポンサーサイト

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 車・バイク

コメントの投稿

非公開コメント

自然災害は時が経つと誰も話題にしないよね
昔、大規模な自然災害の災害派遣に出動したけど
その災害は今では話題にもならず…
次にどこかで何かがあったらそのことが全てのように語られていくのかなと思っています。

くわさんへ。

自分たち被災県のヒトはローカルニュースの中で、
毎日のように当たり前に沿岸の様子を見聞きして
いるけれど。

ある時ふと思ったんです。「実はこれが全国版の
ニュースとなると、福島原発の件ぐらいしか6年前の
震災の事を報じていないのではないか・・・?」と。

5年の節目に当たった昨年までに比べると今年の
「3.11特番」はどこも雑なダイジェストに感じられた。
そこによけい危機感を募らせてしまったのです。

「現地では今も全然過去の出来事ではなく、未だに
進行形なのに。決着・終結を迎えられた案件なんか
ただのひとつもありゃしないってのに」と。

しかしコメントを頂いて我が身を振り返ってみた時、
阪神淡路の後は・・・岩手宮城内陸地震の後は・・・
「その後はよ?」って何年も関心を持つ事が出来て
いただろうか・・・と自身にも問うことになりました。

記憶が後の出来事に上書きされても許されること、
許されないこと。許される時期、許されない時期。
その判断基準は何なのか。

自分でも飲み込める結論を出すことが出来ません。

No title

悲しいことに6年という月日が、同じ県民同士でも考え方の温度差を広げてしまっているようにも、
最近感じるんですよね。
いまも月命日や、今回のような節目の時に捜索活動が行われていますが、そういうのをみて
「まだやってるのか」という声を発する方がいたりとか・・。

自分も正直なところ、数週間後には普通の暮らしに戻っていた人間が、あれこれと語るのは
どうなんだろう・・という葛藤は今でもあります。
昨年碁石海岸を訪れたとき、レストハウスの方が来店したお客さんにお茶を振る舞っていまして、
その時の店員さんの笑顔は「本当によく来て下さいました」と語っているように見えました。
確かに被災地ではあるけれど、6年経った今、被災地というレッテルから抜け出して、純粋に
観光地として楽しみに来てほしいと願っている現地の方も少なくないのでは?と思うんですよね。
そういう今を伝えられるのって、やっぱり現地を訪れた人にしか出来ないですし、たとえそれが
偽善だとか自己満足だと言われても、「やらないよりはやった方が良い」という気がしています。
まぁ私の場合、「オマエのヘタな文章じゃ逆効果だ!」って怒られるかもしれませんが(笑)。

来年、宮古-室蘭のフェリー航路が開設されるそうですが、それによってまた人の流れが生まれて、
沿岸の復興につながると良いなと思いますね。

琢麻呂さんへ。

頂いたコメントを読んで「今回のブログを書き始めた時、
言いたかったことの一端を代弁して貰っちゃったな」と
感じました。
このブログの趣旨、伝えたかった気持ちは全く以って
仰せの通りなんです。ありがとう。

「メディアの怖い一面」というのか、我々同県の人間でも
繰り返しニュースを見聞きしていて感覚がマヒしている。
「何千世帯・何千人の人が今も仮設で暮らしています」
って毎日言われると、それが普通の日常になってしまう。

でも、「6年間仮設に住んでいて未来が決められない」
って、我が身に置き換えたら相当深刻なハナシです。
そんな人たちが今も、ひとつの街に数千世帯もいる。

津波を被った土地の造成や街づくりにしても、6年で
まだ土埃を上げて更地を作っているところがある。
或いはカサ上げを終えて更地になったはいいけれど、
「さてこれからどうしよう?」という状態に見える土地も。

東北以南・以西、特に大都市圏のヒトがいま直接現地を
訪れたら、おそらく「ええっ?まだこんなだったの?」と
絶句するのは間違いないところだろう・・・と思います。

>被災地というレッテルから抜け出して・・・
山田のラーメン屋さんで語り合っていた若者の思いは
きっと正にそれなんですよね。
人がいなくなる・人が来なくなることに対する危機感。
産業にしても観光にしても「ココならではの何かを早く
打ち出さないと!」という気持ちで一杯なはずです。

そういう意味で今も「やっぱりあれは英断だったな」と
強く感じるのは、高田松原の一本松モニュメント。
「そんなモンに大枚はたいている場合かよ!」という
反対派の意図も一理あったけれど、アレがあるのと
無いのとでは集客力が全く違ってしまうと思うのね。

例えば我々内陸の人間がツーリングやドライブで
海に行こうか?それじゃドコの町に?と考えた時、
被災地=奇跡の一本松=高田松原という連想は
誰の中にもスッと出て来る。
「だったら八木澤の醬油ソフト食ってさ」って繋がる。
これは観光地としてすごい強みなんじゃないのかな。

全国で連日被災地報道が続く中で決断したからこそ
遠方の人の記憶にも地名とセットで刷り込まれた。

岩手の沿岸の様子を観に行こうとした時、具体的に
「ドコ行ってナニして」が明確にイメージ出来る。
他の市町村でもいま最も欲しいものは、こういう質の
ランドマークや名物なんだと思うんですね。

震災一年後に宮古市を訪ねてブログを書いた時は
自分も「何をどこまで語る資格が有るのか」とかなり
戸惑ったことを覚えています。
でもハッキリ背中を押してくれたのは大槌の仮設
震災記念館で出会ったスタッフの女性の言葉。

「テレビやメディアは3.11か新たな出来事の起きた
時しか取り上げてくれない。私は個人で出向いて、
その目で見て感じたことを発信する一般のヒトの
SNSの方が、ずっと好感を持てるんです。」
「被災地は土地によって進み方は違うけれど日々
刻々変化します。今日訪ねたから見られたものが
数か月後には跡形も無くなっているかもしれない。
だから思い立ったら迷わず見に来てほしい。」

>「やらないよりやった方が良い」←ここに尽きます。

宮古~室蘭フェリー、興味深い航路だと思いますね。
三陸沿岸からダイレクトに工業都市へと結ぶルート。
たぶん観光よりも復興や産業に重きを置いたコースと
感じますが、一般の人にとっても「内陸へ来て新幹線に
乗って函館からまた特急に乗り換えて」・・・という筋に
比べ、もしかしたら(時間は掛かっても)ダイレクトで
行き来しやすくなるかもしれませんね。

No title

たびたびお邪魔します。
こちらこそ記事を拝見して、改めて色々考えるきっかけになりました。

花巻に、大船渡市の綾里漁業がオープンした「りょうり丸」というアンテナショップが
ありまして、そこは綾里でとれた海産物を提供する食堂と市場なんですよ。
で、昨年の暮れに、所用でお世話になっている会社の忘年会でそこを利用しまして。
ちょうどそこの会社に沿岸出身の方が何人かおられて、料理を運んできた店員さんに
「みんな沿岸出身?」と声をかけたら「はい、そうです」とのこと。
目の前で焼かれた「今朝漁港でとれたばかり」という大きなホタテに舌鼓を打ちながら
誰かがふと「これ、海で食ったらなおのごどンメェべなあ」と言ったら、店員さんが
嬉しそうに、「ぜひお越しください!」とこたえていました。

この時、店員さんがとても生き生きとしていたのが印象的でしたが、これはきっと
紺之介さんが出会った若者たちが語っていたような先々への不安の中から掴んだ、
仕事のやりがいであったり生活の基盤が見せる輝きなのかなと。
お金と時間で街の形だけは出来上がっても(今はそれすら叶っていませんが・・)、
でもその先生活していくうえで必要なのは、やはり仕事であったり生活環境ですよね。
それが満たされて初めて「復興」ではないのかなという気がします。

震災直後のうちらがそうであったように、いまでも内陸の人たちの中には「沿岸に行って
みたいけど、行ってもいいのかな」という葛藤を抱いている方もいると思うんですよ。
そういった人たちが「そうか、行っても良いんだ」って思ってくれるきっかけが出来れば
良いかな・・と。
復興とか支援っていうと、どうしても重い問題のように感じて身構えてしまいますが、
「沿岸さ行って、ンメェもん食ってくるが」だったら、とっつきやすいですよね。
現地に行けば、おのずと今の姿が目に飛び込んでくるでしょうし、そこで何かしら
感じたり考えたりするきっかけにもなるのかなと。

>奇跡の一本松
賛否両論ありましたが、他の沿岸地域の方が「ああいうのがあるだけマシだよ、
ここには話題になるものが何も無いから・・」と言っていたのを思い出します。
「そんなの作るなら復興に使え!」という声もあったようですが、その場限りで
終わってしまうことにではなく、継続的な人の流れや経済効果を生むランドマークに
使ったのは結果的に素晴らしい判断となりましたよね。

琢麻呂さんへ。

いやいや、熱い連投をありがとうございます。

>りょうり丸
コメントを読んで検索を掛けたところ「あの場所は何度も
通っているはずなのに、何故気付かなかったのかな?」
と首を傾げたのですが・・・なるほど、まだ出来てから
四ヶ月しか経ってないんだ。
震災後5年経ってからのオープンも、その経緯を知れば
納得です。平日を狙って是非行ってみたいですね

盛岡では、大槌で被災しこちらへ引っ越して再開した
居酒屋「俺っち」が今春ついに地元へ帰る、とのこと。
逆の生い立ちとスタンスを持つ両店が入れ違う・・・
これも興味深い物語だなあと感じました。

>「これ、海で食ったらなおのごどンメェべなあ」
リップサービスじゃなくホンネでしょうね、きっと。
特にそれが分かるのはホヤ。瓶詰で苦手意識を
持ってしまったヒトは是非現地で採れたてを!と。
自分も新鮮なヤツを口にして以来、今ではペロッと
食べられるようになりましたよ。ホント美味いもん。

しかしすごい・・・スタッフさんは皆三陸から花巻へ
越して来たんだ・・・現地の内情を色々と察して
しまいます。
内陸では居酒屋以外なかなか磯ラーメンや海鮮丼が
食べられるお店って無いんですよね。
ふるさとの素材を嬉しそうに頬張るお客さんの姿に
誇りとやりがいを感じ、気を張っているんだろうなあ。

こういう経験と取り組み、内陸と沿岸部との交流が、
きっと新しい大船渡の発展のキッカケになるのでは。
みんな絶対思うもんね、「んだば今度、その綾里サ
行ってみるべがな?」って。

>「そうか、行っても良いんだ」
震災以前と以降で変わってしまった「海へ行く気分」が
皆なかなか元へ戻せずにいる気がします。
「復興工事真っ最中の現場」という雰囲気が強いのも
その理由のひとつではあるんだけれど。

こういう重めの記事を書いた本人が言うのも何ですが
「行くからには何か力にならないと」的な気負いが却って
戸惑いになる時期は、そろそろ脱するべきかも。
昔みたいに「たまには海さも行きてえな」って、皆ブラッと
出掛けた方がむしろ良いようにさえ感じています。

その上で、現地で見たこと・思ったことをそれぞれが
正直に口づてやSNSで他の人たちに伝えて行く。
ネット社会の今は拡散の手段がかつてより格段に
多いから、行った人の数だけ影響力に繋がるはず。
どんどん出向いてみるべし、と思いますね。
プロフィール

狐ヶ丘 紺之介

Author:狐ヶ丘 紺之介
1970年生まれの乗り物好きな中年ホンドギツネ(オス)。
クルマもバイクも好きなのに、精神構造が基本アナログ。
四輪はM/T派、二輪はキャブ派という典型的な昭和男。

ニンゲンに化けたは良いものの21世紀の流れに乗れず、
世間と森の境目辺りでひっそりブログを綴っております。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR