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10月最初の休日は、まるでオセロの駒の如し。








今日のTOPには、「やけくそファンキー的なヤツを」と探し出した一曲で。


まあホント最近のきつねメ、よっぽどお天道サンに嫌われているらしく
とにかく休みっちゃあ毎度、雨が降るわ寒いわ風強いわ・・・。

そのくせ翌日は通勤の朝からピーカンなんだから、嫌ンなっちまう。


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一昨日もやっぱり降りそうな降らなそうな、焦らしの効いた降水確率。

気温が上がるまでしばし待ったものの「ええい、いま降ってないなら
行っちまえ!」ってんで午後を待たずにセローを駆って出動。


なんか、ね・・・バイクで季節感を楽しめる最後の月に入ったせいか
走り出さずにいられなかったんだ。


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いちおう目指してみたのは、概ね一年越しとなる岩手山林道界隈。

雫石や和賀の様子から見て相当荒れているだろう、とは思っていた
わけだけれど。

いやいや荒れたの掘れたの以前に、岩手山自ら「雨雲量産モード」
・・・もう見るからに「オマエこっち来ンな!」的雰囲気特盛りです。


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「ドライに賭けてヤマ行ったけどやっぱ諦めて帰って来たよ」と
背中が語る御同輩、約二名。

ミラーをチラ見するなり直線でアドバンテージを稼ぎに加速した先方の
GPZ900Rは、年季も入った革ジャンから見て相応の手練れだ。

しかしお陰でお連れさんのZZ-R400が些か気の毒なことに・・・
否そういうシーンじゃないからさ、ここは。


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「きつねメのウデマエがどーのこーの」という以前に、セローは
タイトコーナーでの扱いが原付並みにイージーで、結果「速い」。

軽くて車体もタイヤもスリムな分だけ、乗り手を怖がらせないまま
段取りナシで進入して最小減速のコーナリングをこなしてしまう。

今やつづら折れの峠でモタードがリッタースポーツを食うシーンは
珍しくないだろう・・・まして路面が濡れていれば、尚のこと。


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実はあのニンジャ、見覚えがある。スポーツスターに乗っていた時
ホームコースの高速コーナーが続く区間で振り切られた相手だった。


ヒット洋画のおかげで新車が売れ、劇画の影響で一時は中古もまた
よく見掛けたけれど。


正直、あのバイクを「あえて」いま愛機に選んでいる乗り手は
相当思い入れがあるライダーらしく、まず下手なヤツはいない。


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むかしSR500を挟んで二代目のゼファー750を選んだ際、直前まで
購入するか否か悩んだ最終選考の一台が、ニンジャ900Rだった。


但し予算内で手が届くのは、切れ込み癖が苦手な前輪16インチのA6。
ヤマで存分に飛ばして腕を磨くなら、素直な後期の17インチがマスト。

知人からはとても素性の良いピカピカなA6を紹介されたものの・・・
結局そこが譲れず、もう一度ZR750の方を手にした思い出がある。


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いかにも「カワサキ謹製」と言わんばかりに大型四発らしい重みを
伴って回るクランクのフィール、低速から強く好ましいトルクの出方。

ジブリアニメの台詞じゃないけど「あの乗り手とは一度会ってじっくり
話してみたいものだ」なんて、少し遠い目をしてしまった雨宿り。


まあヨメや仕事のハナシじゃナシ、「たられば」な昔話は置いといて。
まずは西からやって来る雨雲を避け、青空追って農道を帰ろうか。


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県道や地方道と交わりながら、時々互い違いにあちこちへ延びる
「開拓農道○○線」。

これがあるから特にセローやゴリラだと、退屈な幹線路であるR4や
R282を選ぶ気なんか全然起きなくなってしまう。

面白い・・・同じ地区で南北に並行するように伸びている道なのに
見せる土地の表情が全く違うんだもの・・・。


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南行きの限られたルート、それでも景色の良い道を欲張りたくて
ささやかな河岸段丘の尾根を探し、砂利敷きの坂を駆け上った。

そのてっぺん、まだ高いお日さまに短い影を引く小さなシルエット。


「この丘はね、ぜーんぶアタシのお庭なの。荒らしちゃダメだよ。」


猫好きの間では短命希少が通説となっているレッドタビーの女の子。
しかもパーフェクトな美人さん・・・天使の品格に、これは参った。


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この牧野の周囲には他に家が見当たらなかったから、あの天使は
たぶん昭和飼い(主も家もあるけれど外に放してもらえる暮らし)が
許された、最も自由な生活をしている幸せなねこ。

県庁所在地の下町で暮らすきつねには、「それ」が叶わなかった。

ねこと共に生きる幸福な日々を知っていても、俺にはもう出来ない。
とらみさんが「生涯最後の相棒」ってことになるんだろうね、きっと。


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そこいら辺の田畑を撮ったりカメラをねこに向けて微笑んだりする
中途半端に古いバイクに跨った物好きなオッサン、それが俺。


♪ いいじゃん~ 別にぃ~ どぉでも いいじゃ~ん ♪


古いキヨシローの歌なんか口づさみつつセローのセルを回すと、
反対側からそんなきつねを眺めた姫神山が呆れて笑っていた。


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時たま小雨に当てられる午後は、ノーテンキぐらいでちょうど良い。

だってゴリッパなタテマエなんか脇に置いといてさ、本音は童心に
帰るためにバイク乗ってんだろ?

濡れたアスファルトが日を照り返す眩しい田舎道をあみだに縫って
ツッタカツッタカ225は南へ走る。帰ろう帰ろう、機嫌の良いうちに。


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ヨンリンだって嫌いじゃないけど、「便利な移動手段」的意味合いの
ウェイトがどうしても大きいからなぁ。

やっぱりさ、バイクは不便な分だけ面白さの純度が濃くて高いんだ。

それにしてもナンだ。ささっとセローの身づくろいを終えるなり助手席に
温泉道具一式放り込んで郊外へ向かった途端、この青空だよ(溜息)。


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「今日バイクで出るべきは午後だった」って事かなぁ・・・嗚呼もう。

中途半端に日が傾いた平日の温泉はそれ故スカスカに空いていて
お陰でサウナも露天風呂も満喫し放題に活用させて頂けたけれど。

入湯料700円の元を二時間掛かりで取り返し1.8kgも体重が減るほど
汗を流して、下降していた気分はまずまずチャラに出来ただろうか。


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湯上がりの肌を夕風で冷ましながら耳を傾けた黄昏時のFMからは
「今夜は満月、絶好のお月見が楽しめそうな天気に恵まれましたね」
と、まるできつねの毛を逆撫でするような弾んだ声のアナウンス。


うるせェ、晴れるなら晴れるで朝からカラッと晴れやがれってんだィ!
このぺらんめぃのすっとこどっこい、青空なんぞ一昨日きやがれィ!
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コメント

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No title

色んな事がある。
それが生きている証

一緒にしちゃいけないかも知れないけれど
バイクとの出会いも
友との出会いも
ちょっとしたきっかけや、たまには間違いからだったりする。

だからきっとまだ大きな出会いがあるよ!

まだ自分にだってありそうな気がするもの


たかが原付と言いながら
早くも行き先が決まってしまうそうな
ピカピカのモンキー(改72cc)に
あたふたするのもまた本当の自分。

せっかく出会えた初めてのモンキー
しかも唯一気に入ったカラーリングで極上のコンディション

なんだか手放すのが辛い・・・(汗)

相変わらず的外れかも知れないけれど
コメントしてしまいました・・・(笑)

*思い出はつくるものじゃぁない、あとから思い出さずにいられなくなる出来事が『思い出』

クマ師匠へ。

最近考えるのは「刺激を覚えたことも日々続けば
刺激じゃなくなる」という、とても当たり前のこと。
それを分かっていながら延々と続けてしまうのは
ホントに面白いことだからか、或いは惰性なのか。

面白いから続いているのだとしたらライフワークで
単なる惰性なのだとしたらギャンブル依存と質が
変わりないのかも・・・なんてボンヤリ思ったり。

バイクのことについて語ると、表裏一体に見える
「愛着」と「執着」を自分の中で整理するべきかな、
という考えへ至りつつあります。

同じ心理に見えても、もし愛着が本当に強ければ
維持等についても精神的に割り切れたり負担に
感じなかったりすると思うんです。

反対に稼働コンディションを守り続けることに苦痛を
覚えていたり、諦めてもまだ手許に置く事へこだわり
続けているとしたら、それは「執着」かな?と。

一台一台に触れて乗る都度、思い入れを確かめる。
だから刷新がなかなか考えられなくなるんだけれど。
心のどこかに、ばっさりソリッドに削ぎ落したくなる
衝動が巣食っている、という自覚もある訳です。

>思い出はつくるものじゃぁない。
これはひとつ、真実を突いているのでしょうね。
「思い出作り、思い出作り」と呟いて出掛けた時の
ことって、まず後々の記憶には残りませんから。

思い出になるか否か?は、結局結果論に過ぎない。
自分も常々そう感じております。

No title

私も小学生くらいから家にネコがいる生活を送ってきましたが、昔住んでた家って、
自分が子供のころは周りにあまり家がなかったんですよね。
それもあって、当時はネコが外に出てもさほど問題無かった?のですが、
住民の数が増えるにつれ、やはりその辺で指摘を頂いたことがありまして、
それから完全室内飼いにしたという経緯がありました。

室内飼いのネコはそういう環境なのだと理解してそれなりに生活する・・という
ような意見もみますが、何だかやっぱりそれって人間の都合良い解釈のような
気もしてしまうんですよね。
とはいえ、飼手に恵まれず処分されてしまう動物たちがいることも事実で、
環境はどうあれ生きながらえることが出来るだけでも幸せなのだろうかとか、
その辺の葛藤とでもいいましょうか・・。
昔はそれでも、飼いたいという欲求のほうが強かった気もするのですが、
今は命を養うということの難しさや怖さのほうが大きくなっているところもあって、
長年連れ添った黒ネコを最後に、今は動物を飼わない生活が続いています。
再び動物を飼うことがあれば、その辺に自分なりの答えが出せた時なのかも
しれませんね。

琢麻呂さんへ。

>猫を放し飼いに出来た時代
きつねメも、まだ生家に住んでいた中学生の頃に
初めてねこを貰って来たのですが・・・。
現アジトよりもずっと中心街に近い土地だったのに
普通に放し飼いにしていましたね、ウチも本家も。

面白いもので、両親が家業を営む近所の本家まで
彼(さすけという名の茶トラ)は亡父に抱っこされ
月~土曜を一緒に出退勤していたんだけれど。

それが朝晩とも大体定時だったため県交通バスの
路線運転手さんたちに覚えられてしまったらしく、
「いつの間にかホーンで挨拶頂くようになったよ」
と父が笑っていたことを思い出しました。

でも実は送迎ナシでも、勝手に我が家と本家の間を
行ったり来たりしていたんだよね・・・さすけさん。
晩御飯が足りなかったり好物じゃなかったりすると
本家へ出掛けてちゃっかりお代わりを貰ってたもの。

生家も下町の商店街だったから周囲の世帯も代々
変わらず、街角で他の猫を見掛けても「○○家の
△△」と誰もが親しんでいた、大らかな時代でした。

>室内飼いのネコは環境を理解して生活する
人間に比べずっと小さく身軽なねこは同じ空間でも
三次元的に使えるので、相応の広さとか立体的に
利用出来る工夫(キャットタワーが典型)を施せば
我々が思うほどのストレスは感じない、とか。

ウチはとらみさんに開けて欲しくないドアに全て
カギフックを取り付けて、後は1~2階とも自由に
往来出来るようにしていました。

でも、セローで郊外へ出向く度によく出会っている
「牧野のネズミ番」のコたちは、本当に幸せそう。
タンポポの傍でうたた寝していたり原っぱに跳ねる
バッタを追ったりする無邪気な姿がとても自然で。
「嗚呼ねこらしいねこって、やっぱこうだよねぇ」と
アジトで帰りを待つとらみさんを思って、罪悪感を
覚えてしまう事も多々あったのです。

彼女を貰い受ける時は「これから10年先まで共に
暮らすと、その時の俺は41才。それでもこのコの
未来に責任を持つ覚悟はあるか?」と自問自答を
繰り返したもの。

実際は結局16年間、一緒に居た訳ですから・・・
仮にこれから16年後・還暦オーバーな自分にその
責任を課すのは今までより数等ハードル高いです。

きつねメの場合とらみさんの時と同じように里親に
立候補しても今回は独り世帯なので、事前の審査に
通ることはおそらく無いんでしょうけど。
実は各ボランティア団体さんの間でも「里親希望者の
少子高齢化」は頭の痛い問題として取り上げられて
いる案件らしいですよ。

ねこを愛すれば愛あるほどに「ねこの幸せに関わる
線引き」について真剣に向き合ってしまいますよね。

愛情の打算という汚い感情を持たない動物なだけに
せっかく暖かく迎えてくれる家族が見つかったなら、
天に召される日まで裏切られることのない幸せを得て
欲しい、と願わずにはいられないから・・・。