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優等生は、ローレライ。 ~NSR250Rにまつわる、或る思い出~









「セッちゃん、これホント借りて良いのか?宝物なんだろ?」

「俺より上手いの知ってます。もう慣らしは終わってるから。」


カラカラカラカラ・・・ヴェイン!ヴェイン!・・・ストン。


「あ、こいつエスピーなんで、もっと半クラ使って下さい。」

メットの中で脂汗をかきつつ、気を取り直してキックを踏む。


ヴェイン!ヴェイン!ヴェイイイ・・・ィィイイイインッッ!

セッちゃん、悪ィな。ちっとクラッチ板を焼いたかもしれん。

ヴェイイイン!ヴェイイイイン!・・・ン・・・ヴェイイイン!


最初の交差点を左折した瞬間、そのままインへブッ倒れるかと
思ったほどソイツは無造作に無抵抗に寝て90°向きを変える。

すかさずアクセルを開けるとダイレクトにチェーンをビン!と
張り、マグネシウムのホイールにトラクションを伝えた。


ヴェイイイン!ヴェイイイイン!・・・ン・・・ヴェイイイン!


おい、マジか?ホントにコレが2ストのハイパワー機なのか?

うっかり回転をドロップさせても、アクセルを開ければタイムラグ
無しで瞬時にラジアルがアスファルトを蹴飛ばすのが伝わる。


なんてこった。コイツの操縦性たるや、まるで羽根布団のようだ。


街中の緩いS字坂なんかコーナーの出口を目で追うだけで、
乗り手が何もしなくても無造作にホイホイッと抜けてしまう。


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実業高校のレスリング部で汗を流しつつ、その練習を終えた後。
年齢を偽り日付けが変わるまでラーメン屋で働いたセッちゃん。


正に寝る間を惜しんで資金を貯め、春休みに北関東の教習所へ
入校した時・・・彼はクラッチやシフトの操作すら知らなかった!

そんな彼が持ち前の身体能力とセンスで中型自動二輪の免許を
無事取得した後、再び殺人的な「三足の草鞋」を履き続けて一年。


我々のたまり場たる輪店へ一括支払いで発注したのが、なんと
「一切の妥協もない初恋のマシン」NSR250SP!だったのには
飛ばし屋揃いな常連全員が一瞬絶句し、次に止めて掛かった。


「乾式クラッチの意味ってナンなのか、オマエ分かってんのか?」

「クロスミッションにマグホイール、乗りこなしたつもりで調子
こけば、アッという間にバイクか免許か命を無くすぞ?」


対するセッちゃんの返事はケロッと「すいません、分かんねっス」。


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1991年式_NSR250R_SE

※ 画像はWikiよりお借りした、同年式のSEモデルです。


原付のスクーターすら一度も乗ったこと無いのに、初の愛車が
よりによって80万円(!)の当時量産250ccクラス世界最速マシン。

但し「納車記念に連れて行くよ」と半日ばかり掛けたツーリングでは
きつねが5万円で買ったVT250FGにも全く付いて来れなかったけど。


ただ、セッちゃんの反射神経と身体能力を以ってすれば瞬く間に
で指折りのスプリンターへと化けてしまう事も、分かっていた。

遥か昔から引き継がれて来た鋼管ダブルクレードルのフレームと
古式ゆかしく重たい空冷エンジンの組み合わせでは必須の儀式に
なってしまう「コーナー手前のブレーキングで作るタメの間合い」。


ある意味怖いことに、NSRにはソレがほとんど必要なかったのだ。


ストレートもブレーキングもバンクも全てワン・モーションで決まり、
エンジンも「下から開けたなりに加速する」全域パワーバンド仕様。

自分よりも軽く10年以上のキャリアを持っている老練なYさんや
Kさん兄弟がセッちゃんの発注に「待った」を掛けた理由も分かる。

「俺は腕利きなんだ、速いライダーになったんだ」と自惚れた挙句
コーナーの向うで想定外の何かに出くわした時は、後がないから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


かつて試験場のイッパツ免許と呼ばれた中型限定解除の時代、
挑みに来るのは相当スキモノな「腕に覚えアリ」の猛者ばかり。

但しそれはウィーク・ディにしか受けられない審査だった関係で
平日の練習場に通い試験を受けられる職業はかなり限られた。

後の改正で「大型二輪免許」が認定教習所制に変わった直後
「土日や夜にも通えて大型に乗れる!」と喜び勇んだ俄かな
ビッグバイク乗りには・・・しかし大きな落とし穴が待っていた。


・・・今となっては決して表沙汰には語られないけれど・・・


きつねは当時、果たして何台に上るZZ-R1100やヤマハYZF-R1、
或いはホンダCBR900RRが飛んだ後の交通整理を任されたか。

それらは素晴らしく乗りやすく出来が良い反面、ライダーが一瞬
間違った判断を下せば容赦なく、崖下へと突き落としてみせた。


彼らがそれまで乗り慣れたNSRのつもりで扱うと、ある程度まで
同じ感覚で走れる・・・が、速度計の指す数字は少々桁が違う。

いつものように一本橋を渡っていたつもりが、コーナー手前で
チラ見したメーターの数値でいつの間にかナイフの刃の上を
なぞっていたことに、ハッと気付かされるのだ


「ニーゴーやヨンヒャクは、乗り手の感覚を置き去りにはしない。
アクセル開けたって、そこから少しは加速を待つ間があるだろ?
大型のパワーは待ったナシ。判断ミスを悟った時には手遅れさ。」


それはきつねメが限定解除に通う直前、ある先輩に頂いた言葉。
練習の場で初めてFZX750を預けられた時、その意味が分かった。


もし追い越しのポイントを見誤れば、ものの数秒で殺される、と。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「そう言えば、きつねくん。この間セッちゃんから電話があったよ。
お父さんのいる大阪へ行っても大学そっちのけのバイト漬けで、
V-MAXの新車に乗り換えたんだと。ヨロシクって言ってたよ。」


ヤマでクラッシュしたバイクと怪我を負った乗り手に関わった事は
両手両足の指の数で足りるか足りないか、というほど随分あった。

但し不幸中の幸い、それが縁で友人になり披露宴に招かれた
思い出こそあるけれど、線香を立てに行ったことは一度もない。



オートバイの秘める魅力と麻薬的なスピードの魔性を思う時に
GSX-R1100と対になり必ず脳裏に浮かぶのは、セッちゃんが
いつもホイールのリムまでワックスを掛けていたNSR250R


目の覚めるほど素敵で非の打ちどころがない優等生のくせに。

Jhaやムラカミのチャンバーが奏でる乾いたエキゾーストは、
まるで若者を引き込むローレライの歌声だったな・・・って。
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テーマ : バイクのある生活
ジャンル : 車・バイク

tag : ロードゴーイングレーサー NSR250R

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No title

職場の先輩で88?で20年以上前にクラッシュしてバイクを降りた方が居ます・・・まあ、熱しやすく冷めやすい方なんで違う趣味を見つけたようですが。
個人的には2ストはRZ250や前述のR1-Z、3MAのTZRなんかが好きですね。

ただ、レーサーレプリカと言われた車種ではVFR400のケツに乗ってカッ飛ばれて相当怖かった事もあってか、DT50でトコトコと遊ぶ方が楽しかったですねえ。

そういえば、例のカタナの先輩は息子のアプリリア250RSに乗って「面白くない」と・・・確かにパワーもあって曲がるし止まるし・・・でもなんか薄っぺらく感じるんでしょうねえ・・・カタナは結構曲げるプロセスを作ってあげないといけないようで、それが身に付いておるからなんでしょう。

ナベエさんへ。

>`88NSR
運輸省から物言いがついたというハチハチ(微笑)。

面白いことに、当時の身近な峠屋さんたちは`88に
それほどこだわっていませんでした。
きつねが乗せてもらったSPやもう一つ後の世代の
通称「カードキー」も、傍目から見てパワーで劣る
とは思えない程に速かったしね。

もちろん皆チャンバー組むのはお約束で、他にも
自身で必要に応じてチューンしていた面もあるし。
或いは中期以降の「台形特性」と呼ばれたトルクの
出方が、高回転ハイパワーのピーキーマシンより
扱いやすい分結局速いから好まれた、のかな。

四輪の軽ターボで例えるなら、圧縮を落とした分
ハイプレッシャーなタービンを備えるけーたろーが
ヤマハのパラ(4000rpm辺りからバケるヤツね)。
特に中期以降のNSRは今時のエンジンのように
圧縮落とさず、低回転から小径タービンでブースト
立ち上げるような特性を持つ乗り味でした。

コレを何から何までアルミと樹脂でこさえてある
車体へ組むのだから、クラッチ繋いだ瞬間から
「異次元な別種の乗り物」とたまげるのも無理ない
話ではありますよ
(普通のスポーティーカーしか乗ったことが無い
ドライバーにスーパーセヴンを預けた感じ?)。

>VFRのケツに乗せられたら怖かった
NC30?・・・きつねのホームでは「エヌシー乗りに
下手ナシ」が暗黙の了解で、皆とにかく巧かった。
最速組の一団とスレ違えばリッタークラスの背後を
一オクターブ高い「例の音」で追いすがるのが彼ら
(カムギア×Vフォアの全開音はホント独特)。

これも面白いもので、エヌシーの遣い手は大型に
移行しても不思議と誰も事故を起こさなかった。
4ストロークやワイドラジアルの持ち味を熟知して
ステップアップしたから、なのかなぁ。
逆に一度はビッグレプリカに浮気したものの結局
手足の様に扱えるNSRへと戻った常連もチラホラ。

>アプリリア250RSに乗って「面白くない」と・・・
きつねメの知人でレースでも天才肌の才能を持つ
Iくんという2スト乗りがいるんだけどね。
彼はそれこそ3MA(俗に言う後排TZR)が好きで、
こればかり2~3台乗り継いでいたんじゃないかな。

ところがある日、どこからどう流れて来たものか
珍しい輸出仕様なるRGV250γで現れたんです。
そう、アプリリアRSに提供されたのと同じ70ps!の
お化けガンマ。

でもオーナーになって2シーズンも行かないうちに
ナベエさんの先輩と同じ感想を残して手放して、
また後方排気のTZRを買い直したんですよ。

このあいだ耳にした噂では、更に先祖返りして
今では初期のRZ250に御執心なのだそうです。

残念ながら後排のTZRは一度も乗ってみた経験が
無いけれど、チャンバーによる重心の高さに見合う
ハンドリング故か、もしくは独特のパワー特性を
秘めているのか・・・「コレじゃなきゃダメ!」という
コアなファンが居ることだけは確かなようです。

>カタナは結構曲げるプロセスが要る
未来的な造形のお陰で気付かない人も多いけれど
ライディング・スタイルの面では`70年代の設計。
リアタイヤのギリギリ手前に乗ってロングタンクを
抱え、重たい上屋が乗った細身の大径タイヤで
コーナーへ切り込んで行くのですから・・・。

当時通った輪店のアニキ曰く「高く広いバーハンの
おかげで振り回しも効くCB750の方が乗りやすい」
「前19のカタナほど岩手に不向きな単車は無い」
のだそうです。

実のところ、いくらワイドなダートラ・バーを組んだ
ところでスポーツスターはカタナより更に不利な
ディメンジョンの持ち主なので相当に手強い次第。
コーナーの手前からガツンと大外に振って速度を
殺しフェイントを掛けないと、ラインに乗りません。

真逆な存在だからこそ、今でもあの日のNSRを
忘れることが出来ないんでありましょうね、俺。
プロフィール

狐ヶ丘 紺之介

Author:狐ヶ丘 紺之介
1970年生まれの乗り物好きな中年ホンドギツネ(オス)。
クルマもバイクも好きなのに、精神構造が基本アナログ。
四輪はM/T派、二輪はキャブ派という典型的な昭和男。

ニンゲンに化けたは良いものの21世紀の流れに乗れず、
世間と森の境目辺りでひっそりブログを綴っております。

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