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スカイブルーの相棒と、マリンブルーへ会いに行く日 ~前編~








今日のTOPにこのナンバーを選んだ経緯は、改めて後述しますが。


浜省には昔から「歳の離れた兄貴」のような印象を抱いていてね。

不思議な事に、何かの節目節目に必ず何処かから流れて来る。


今回を思い返しても「あのタイミングでコレが聴こえたってのは
やっぱり『そういうこと』なんだろうな」と、しみじみしました。


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職場の通路に同僚たちと並び黙祷を捧げた、その翌日の休み。

午前遅くまでグズグズ過ごしたけれど、結局は陽気に誘われ
けーたろーを東へと走らせることに決めた。


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昼近くに発った時点でもう既に行ける先は限られていたものの。

R106で片道100kmほぼ信号が無い宮古までの往復だったら、
日が暮れるまでには帰って来られるだろう。

春の陽射しは眩いけれど、区界トンネルの向こうは未だ雪景色。


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盛岡市民的には「最寄りの」、所用時間まあ一時間半とユルく
見込んだきつねは甘かった。

仮に一度減速したら次の加速まで途方もなく時間の掛かるコレが
車列のトップだと、狭い山間国道では絶対道を譲ってもらえない。

度々制限速度を10km/hも下回る巡行スピードへは、嘆きのアクビ。


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おかげで宮古市の中心部に到着した頃は、もう14:20。

繁華街に幾つか名店があることは知っていてもランチタイムを
過ぎた今では、暖簾が掛かっているのか期待出来ない。

遅い昼ご飯は手堅く「道の駅 なあど」に託すことに。


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ここに来るといつも磯ラーメンを頼んでしまうので、意図的にズラし
「なあど鱈ラーメン」と「ミニかき揚げ丼」を試みた。

悪くないけど、せっかく訪ねた辺で食べるのなら変にケチらずに
磯ラーメンとミニ鮮丼辺りでキメた方が満足度高かったかな。


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今年の3.11が日曜に当たったこともあり、おそらく前日の賑わいは
かなりのものだっただろうと思う。

その反動もあってか、昼食時から外れた遅い午後の客は自分と
もう一組だけ。

湾の水面に照る陽光とおっとり丁寧に接してくれたスタッフさんの
雰囲気が組み合わされて、時間の流れ方も優しく感じた。


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食器を返却してロビーへ下りようとした時、有線らしき館内放送の
スピーカーから耳へ届いた、聞き覚えのあるブルース・ハープ。

「古村さんのサキソフォン・・・おい、『モノクロームの虹』かよ!」

振り向く先にあったのは「あの日を忘れない 3.11写真展」の文字。


瞬時に、これは来た、と思った。呼ばれた実感に鳥肌が立った。


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一階のホールには、市民が各々の記憶を持ち寄って作られた
「あの朝まで存在していた景色」の再現ミニチュアが置かれる。

佐々木さんち、吉田くんの家、タコ焼きが美味しかったプレハブ。
焼き魚を売っていたお婆ちゃんの店、イカポッポの懐かしい匂い。


゛どんな未来も 受け入れる  YEAH  君が そこに居れば゛


無数に連なる手書きの札が立ったジオラマを前に聴くフレーズは
しかしこれまでになく心に響いた・・・否、魂まで震えてしまった。


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時間的に沿岸再訪のプライオリティ・ワンは「今年初めての
挨拶に出向くこと」に絞らざるを得ない、と考えていたけれど。

省吾のかき鳴らすギターが、けーたろーのタービンを熱した。
「ここまで来たら、水平線を拝まずには帰れないだろう?」と。

ええい、ままよ・・・と選んだのは三陸縦貫道の新区間ゲート。


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年が明けてから開通のニュースを聞いたルート故、きつねの古い
ナビでは当然ながら「ありえない現在位置」を指す。

国が復興重点路線として優先的に税金ブン投げた自動車道は、
正直「すげえな」と驚かされる程の快速ぶりを示してみせた。

鋸の歯のように複雑で背後に山肌迫るリアス式岸の地形から
かつて宮古市民に「近くて遠い隣り町」と評された山田町までを
たった15分かそこいらでワープさせてしまったのだから。


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「あの日」津波の直後から日付けを跨いで夜明け過ぎまで大火に
襲われながら、津浪に消防車を流された事から手の施し様もなく
何もかも焼き尽くされてしまった、山田の集落を見下ろす高架橋。


うん、分かっている。自分なりに、その意義を納得しているのだ。


復興のために過積載スレスレまで盛り土を積んで喘ぐダンプや
規格外な大型重機を積んだトレーラーが行き交うR45だけでは、
もう旧来の狭い街道じゃ既に担えるキャパを越えていることを。


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でも・・・「それ以外のヒトがスルーしてしまう」山田町の未来に
とって高規格道路はむしろ「発展への足枷」にならないか?と。


「被災復興都市の看板に寄っ掛かった今のままじゃダメになる。」

「職務やボランティアで来た人のお陰で名前だけは全国区だが。」

「じゃあ全国に対しココで何を売りに打って出たら勝ち目がある?」

「悔しいけど現状、分かんね。何とかしなきゃって焦るばかりでよ。」



昨年、ロードサイドの仮設ラーメン店で偶然隣り合わせた若者達の
交わしていた会話が、現在終点の山田南ICで下道へ降りるまで
きつねの胸の中にリフレインし続けた。


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三陸縦貫道整備の恩恵とするべきか、或いは功罪と言うべきか。

それがもし震災の前年までならば多分無理なプランだった筈の
「3月の昼に盛岡を発ち宮古経由で黄昏前の大槌に至る」という
キャノンボール・スケジュールが今年はあっさり叶ってしまった。

「被災県民でありながら、被害者ではなく体験者に過ぎなかった」
から100Km離れた内陸に住んでいるきつねメ。


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とても複雑なスタンスに拠る(例えば同じ福島在住でも原発と
逆方向な県南奥羽山脈寄りに住む方に近い感覚か?)身で
あるが故。

震災に関しては安酒片手にいったん書き出すと思うところが
多過ぎて、止められなくなるから・・・ね。

一本のメビウス・メンソールが燃え尽きるまで、水平線に向かい
ささやかな祈りを捧げた後の事は、また改めて記そうと思います。
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ジャンル : 車・バイク

tag : 道の駅なあど 宮古 山田 三陸縦貫道 震災 津波 大槌 スズキKei ドライブ

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プロフィール

狐ヶ丘 紺之介

Author:狐ヶ丘 紺之介
1970年生まれの乗り物好きな中年ホンドギツネ(オス)。
クルマもバイクも好きなのに、精神構造が基本アナログ。
四輪はM/T派、二輪はキャブ派という典型的な昭和男。

ニンゲンに化けたは良いものの21世紀の流れに乗れず、
世間と森の境目辺りでひっそりブログを綴っております。

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