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本日は晴天なり、身もココロも。 ~セローのエンジン載せ替え、無事成功!~







今回のTOPには、初夏みたいな陽気に迎えられたテストランの最中
ずうっときつねの脳内でエンドレス再生されていたナンバーを。


自分にとってのOFF COURSE観って、繊細な情緒の表現性ゆえか
「秋」のイメージが強いユニットではあるんですが。

あのアコースティックな音作りに「空冷キャブの人間臭いエンジン」
みたいな肌馴染みを感じるんですよ。


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この曲を聴いているうちに、何故セローと付き合い続けているのか。
肌馴染みの良さの理由に、ひとつ思い当たるものを見つけました

路面のコンディションを問わず好奇心赴くままに躊躇なく分け入って
行ける扱いやすさも、もちろんあるけれど。

`79年の400、間を置いて`88年の500と乗り継いだSRの乗り味を
空冷2バルブ・シングルで負圧キャブのコイツにも感じるのか、と。


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・・・・・・


さて4.4万km近く走ってトラブらせたエンジンをオドメーター1万kmの
エンジンに自力で載せ換えてみる試みも、今回で最終章。

実は前回の記事を書き上げた直後、譲って下さったクマ師匠から
緊急のメールが。

「もしかしたらカムのスプロケット・ボルト、一度緩めているかも。
トルクは6nぐらい掛かっていればOKだから、確認してみて。」

大慌てでカム脇のカバーを再び外し、トルクレンチを掛けてみると
十分締まっていてホッと安堵の溜め息・・・おお、怖い怖い。


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ここまで組み上がっていると、翌朝うっかりセルを回しかねないので
ついでにオイルも入れてしまうことにしました。

各部の締め付けは点検済み。配線もマフラーも既に取り付けてある
となれば、そりゃあ掛けてみたくなるよね?

ドキドキのイグニッション・オン。コックを開いてキュルキュルキュル。
数度のクランキングで・・・トララララン!おー、無事に始動しました!


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これで電気関係やセルはOK、アイドリングで異音を感じる事もなく
アクセルに対するツキも問題ナシであると分かりました。

良かったあ・・・。何しろ譲渡主のクマ師匠も実走する姿を見て
いないエンジンだったから、バクチの要素も多少はあったわけで。

もし一生懸命載せ換えたのに「実は使えないヤツだった」となったら
泣くに泣けませんもん。


・・・・


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翌朝まずエンジン回り各部を確認してみるも、車庫のコンクリ床に
「お漏らし」の痕跡はナシ。残した作業を進めて良さそうです。

まずはリアホイールを外して、ドリブン・スプロケットの交換を。


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緩めたチェーンが結構ヨコ振れしていたので「減っているか?」と
読んだものの、波先の巾が心持ち痩せたかな?という程度。

念のために取り換えたけれど、捨てずに取って置いて良さそう。


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サービス・マニュアルに「ライニングの使用限界は2m/m」と書かれた
リアブレーキのシューも、まだまだ残厚は充分ある様子。

パクンと外してドラム共々エアプローを施し、作動カムも引っこ抜いて
グリスアップしておきました。

ただ、一度打ち換えているハブ・ベアリングが右だけ何故かゴリッと
イヤな感じで回ります。コレは後で発注掛けてまた交換しなくちゃ。


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そして、少し遅れて届いたフロントのスプロケットも取り付け。

前回書いた通り、きつねは15Tの純正に対しサンスター(マジで
皆さんお馴染みの歯磨き粉と同じ製造元)の16Tを使います。

もちろんスーパー・ローの1速による登坂力が削がれる代わりに
快適な巡行速度は5km/hほど上乗せ。

ハードなオフ・アタックまで踏み込まない自分の使い道としては
こちらの方が向いているんですね。


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フィキシングは毎回新品。フィキシングは毎回新品。再使用厳禁。
大事なことなので2度書きました。

もう二度とスプラインを丸坊主にしたくはありませんから(苦笑)。

摩耗の無い状態で揺すってみると、もうあからさまにガタが少ない。
前エンジンでの2度目の駆動系交換の時は、もっとユルかったなぁ。

やっぱりゆっくり痩せて行くんじゃないかな、アウトプット・シャフトって
(※ここはプロの経験と見解をぜひ聞いてみたいところです)。


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チェーンは今まで同様に江沼のSR-X2。シールチェーンとしては最も
安くて、鉄色そのまま飾り気も無いスタンダードなもの。

実は純正と同じ120リンクを発注するつもりが在庫切れとなっていて。
「まあスプロケを一丁増ししているし」と122リンクを買ったのです。

しかし・・・意外と長いのね、2リンク違うだけでも・・・。
チェーン引きの調整代を、結構進める羽目になってしまいました。


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そう言えばシール・チェーンだと案外キツいクリップの挿入、皆さん
どう対処しています?自分はハンド・バイス(ロック・プライヤー)で
締め代を調整しつつ、プレートを挟んでクリップしているけれど。

張りの調整はユルめに。キツく張るぐらいなら、むしろユルめに。

これもスプラインがムシれた際、「特にリアサスがくたびれていると
想定以上にストロークするよ」と本職さん複数から指摘されたこと。

跨って一度グッとストロークさせた後、お尻を据えた状態で15m/m
遊ぶぐらいにしてみました(上下なら30m/mの余裕ってことね)。


・・・・・


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ここで丁度お昼となったので、ランチを買いに出向くついでに軽く
遠回りでテスト・ラン・・・ミッションとクラッチの様子を見てみました。

うん、大丈夫。クラッチがやや先代より重いところは、後からでも
調整が利くでしょう。

クマ師匠曰く「すっかり横倒しにすれば、オイル抜かなくても出来る」
とのアドバイスでした。なるほどねー。

ギアも1速から6速まで全て異常なく動作することを確認。佳き良き。


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コンビニのボンゴレにファミチキ乗っけて、肉食獣のお昼ごはん。
更にオニギリも2個喰ってます。だって肉体労働の後だも~ん。

それにしても、ガレージでランチする間の心地良く暖かな空気よ。

たった2日前までの、まるで季節が1か月巻き戻った様な肌寒さが
ウソみたいです。


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ランチ調達の10km試験で無事を確認した後なので、午後からは
区界まで長い上りでちょいと負荷の掛かるR106を選び、二次テスト。

いや、良いなぁ。スロットルを軽く開けるだけでパパン!と前に出る
元気なフィールは、確かに走行距離が伸びていない痛みの少ない
機関であることを証明してくれています。

シフトの感触も「カチャン!」じゃなくて「カチン!」と硬いタッチだし。


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それでも大きなククリでは、先代のエンジンと概ねの相違は無し。

ウラを返せば降ろした方も(走行距離なりのヘタリはあるにしても)
そんなにコンディションを落としていた訳じゃない事が分かりました。

しかし、なんて快い解放感!初夏らしい日和が尚の事、きつねを
上機嫌に酔わせてくれます。全てが報われ心満たされておりますよ。


・・・・・・


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この日は結局、盛岡から海までのちょうどド真ん中にある川内まで
片道50kmのライディングとなりました。

エンジン割ったワケじゃないけれど。駆動系を始めアッチコッチ新品に
換えているから、馴染ませる心積もりで大人しくクルーズ。

連休明けの自粛制限解除以降は冴えない天気の週末が続いたから、
すれ違うバイクの多いこと!皆、この日を心待ちにしていたんだ。

こちらから送るヤエー!も向こうから送られるヤエー!も、元気一杯。
こんな上天気の午後に心置きなく走れるって、幸せなことだよねぇ。


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川向こうの街道から響く直4やツインのエキゾーストを聴きながら、
サカナ目モードで水面を眺めるきつねさん。

流れが緩やかな木陰の岸に目を凝らしても、イワナやヤマメが
遊ぶ姿は残念ながら見つけられなかったけれど。

気掛かりな何かを抱えることもなく、こうしてとりとめもなくボンヤリ
過ごせる時間の、なんと贅沢なことよ・・・。


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もう夏至まで一ヶ月を切った5月の後半。一年で最も日の長い季節。

帰りはメインの国道に縛られず。トンネルの傍らに旧道の入り口を
見つけてはフラリと入り込み、古い集落を眺めて気ままにトコトコ。

かつて愛用したビッグ・シングル達ほど力強い鼓動では無いけれど。
アコースティックで穏やかな抑揚が胸に湧く、セローの持つグルーヴ。

もし飛行機に例えるなら、セスナの様な軽飛行機のフロー・フィール。
初夏の空を飛ぶ小さなレシプロは、きっとこんな感覚なんだろうなぁ。


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のどかな岩手路は、セローがよく似合う。地味で古くて見栄えもしない。
自らドヤ顔のオーラで、その存在を他者へアピールする機種でもない。

そんなオートバイだけれど、きつねには欠かす事の考えられない宝物。
きっと「かけがえの無いもの」って、そう言うことなんだと思います。

移ろう四季の幸せを、共に多くのシーンで一層色濃く味わって行ける。
バイクライフの中でも、揺らぐことのない一つのベーシックでしょうね。


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道の傍らに幾つか藤の房を見つけながら、黄昏迫る家路をぶらぶらと
楽しんで我が街へ戻れば、ガソリンはご覧の価格に戻っておりました。

燃料のお値段は、社会活動の様子をダイレクトに示すバロメーター。

コロナ・ウィルスの脅威に縮こまっていた街が元気を取り戻しつつある
証しであるなら、このぐらいの上昇はあってくれてもいい・・・よね。


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「おや、兄やん?10万円贈呈申請を待たずに懐をはたいた割りには
シュショーなこと言うじゃないの?ホントは安い方が嬉しいんでしょ?」


・・・ぐさっ。
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コメント

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いいですねー

また、おじゃましました。

緊急事態宣言は解除になったものの、首都圏はまだ県境を跨ぐ移動は自粛。ツーリングはもう少しお預けです。素直に従いますw

セローの復活、おめでとうございます。自分で直す意欲、能力、環境があるのはさすがですね。私はエンジンを開けるなんてとっても。元々、整備と言うよりは走ることが好き。走って泊まって料理して・・・
そのうちに、オフに乗り換えてキャンプに明け暮れるようになります。で、山登りとかスキーとかに傾倒して、バイクを売っぱらい、結婚して子供ができて・・・

40代後半でこの世界に戻ってきました。戻って来てよかった。今は本当にそう思いますね。

Akiyさんへ。

>首都圏は県境を跨ぐ移動は自粛。ツーリングは少しお預け。
実は県境を跨げない規制って、岩手も全く同じなんですよ。

ただ北海道を除く46都府県中、最も県土が広いのもウチで
「太平洋へ向かっても秋田の日本海へ走っても100km」。
我が盛岡に関して言えば「青森と接するまで90kmあって
南の宮城へ越そうにも90kmを要する」事情があります。

県境の内側に限ってもこんな感じ(24時間では決して一周
回れない)で北海道に次ぐ低さの人口密度との兼ね合いも
あり、おそらく大都市圏のヒトには想像が出来ないぐらい
自粛解除による自由度と開放感が広がったんですね。

>自分で直す意欲、能力、環境があるのはさすがですね。
オカルティックな話になりますが、何年か前に少し見える
「その筋の人」に告げられた過去世が自分そのもの過ぎて
笑ってしまいました。
彼曰くきつねの前世は「第一次大戦以前に大西洋を飛ぶ
貨物便のパイロット」だったのだそうです。

未だ飛行機が未完成で黎明のものだった時代で、飛行士は
いざとなれば自ら手を汚し愛機をメンテナンスしなければ
明日の命すら保証が無いようなスタンスにあったのだ、と。
その宿命を現世でも引きずっているから、結婚に踏み切る
ことへの躊躇が拭えずに生きている・・・らしいんですよ。

そういう視点で周囲を眺めると「乗るよりいじる方が好き」
という師匠連や友人は、おそらく前世も機関士だったんじゃ
ないのかな・・・と感じるんですね。

自分も本当は「走る事」が最優先なタイプなんですけれど。
いかんせん共に過ごす時間が伸びていつの間にか古くなって
しまった愛機たちを見切ることが出来ず、フトコロの軽さと
相まって手を掛けざるを得なくなったのがホンネです。

工具についてはその時々で必要なものを揃えて行った結果に
過ぎませんし、環境に関しては単に土地が安いだけ(笑)。
師匠へーさんが借りているガレージも、大都市圏では多分
想像出来ないレベルの破格な家賃設定だったりしますから。

>キャンプに明け暮れ山登りとかスキーとかに傾倒して
実は野宿の道具も昔一式揃えたんですよ。オプティマスの
ストーブなんて、未だに憧れが捨て切れていませんしね。

ただ、腰と首にヘルニアを持っていると二輪に積める様な
寝具では十分眠れないことが初トライで発覚したという。
常時静寂が約束されている独り暮らしが長引けば、なお
風の音すら睡眠の邪魔をするテント泊は辛いものでした。

クルマはバイクに興味を持つ前からずっと好きでしたし、
スキーとスノボも通算すると20年を超えるほど熱中した
趣味でもある・・・んですが、どれも縁結びの神とは
成らないままに今年で50才を迎えてしまいました。

キザに「紅の豚」のセリフをキメるつもりは無いけれど
「お前はそうやってずっと独りで飛んでいろ」って。
それが17歳の初飛行から一度も途切れずバイクに乗り
続けている宿命のようなもの、なのかもしれません。

No title

よくぞ単独でエンジン載せ替え完了まで・・・
大変ご苦労様でした。

実は車体をばらすとき
エンジン下すのに、以外に苦労し
「単独でエンジンを載せるのは、細かなところで苦労しそう。あまりやりたくないなぁ・・・」と

もちろん
ブロンコエンジンにトラブルが起きたら
新品部品が入手できるときは、そちらを優先で
(エンジンをバラすのも楽しみのうちで・・・笑)

ええと、
クリップジョイントのOリング(シール)チェーン組みつけは、
当初水栓プライヤーで感覚で
カシメジョイントが必要になって専用工具を買いました。

外すときやリンク減らすときは
結局いつもサンダー(ハンドグラインダー)で花火を見ながら。

シーズン中だし
早めの公道復帰何よりです。


本来乗るためにバイクを所有しているし
乗りたい気持ちが9割、整備は1割程度
(しかし現実は乗る時間がなかなかまとまって作れず、5割程度?)

技術料をケチって
部品代だけでなんとかできるようになったおかげで
所有台数が・・・(-_-;)

とっても幸せですが、
整備に費やす時間ももったいないくらい、乗りたい・・・です(本心)。

なるようにしかなりませんので
努力は惜しみませんが、
現実を受け入れるしかないですね!

いずれ
足腰立たなくなるまで、バイクに乗ることでしょう。

(ブロンコが仕上がったら?)
近いうちに、セローとプチツー実現したいですね。

クマゴロウ師匠へ。

>よくぞ単独でエンジン載せ替え完了まで・・・
自分としては過去に例のない仕事でしたが、でも
内容的には見たまんまで積み換えそのもの以外は
悩むところも無く、なんとかなりました。

フレームが下までループ描いて繋がるクレードルの
Dトラ125の方が、積んだり降ろしたりは大変かも
しれません。

>ブロンコにトラブルが起きたら現品修理で
ほらー(笑)。自分が全バラにしたら多分元には
戻りませんよ。ミッションなんかパーツリストを
眺めただけで目眩がしましたからね・・・。

>クリップジョイントは水栓プライヤーで
自分も最初はウォータープライヤーを使ってみた
のですが、アレも結構力がいるんですよね。
片手で保持してもう片手でクリップを入れる事が
出来ず、ハンドバイスで押さえる方法に変更です。

最終的には(加減にコツが要りそうだけれど)
カシメの方が楽で確実な気がしています。

>乗りたい気持ちが9割、整備は1割程度
↑のお返事でも書いたのですが、根っからいじる方が
好きなタイプにしろ環境によっていじりに振らざるを
得なかったクマ師匠にせよ、やはり持って産まれた
「何か」で方向性が違うように感じるんです。

クマさんにしても本当にいじる事に向いてなければ
時間は限られていても「乗る専」に撤する道があった
でしょう(そういう人の方が多数派だと思います)。

>技術料をケチって部品代だけでなんとかできる
周囲になかなか修理に出せる店が無かった、という
点も大きいですもんね。

ただ、経験の積み重ねで「自分で何とか出来る」と
いう自信が無かったら台数も増えませんよね。
自分も「乗ること」を優先の軸に置いているため、
メンテの頻度と消耗のサイクルをまず考えるから
所有台数に歯止めが掛かっているんですもん。

>ブロンコが仕上がったらセローとプチツーを。
確かにシェルパとセローのコンビよりも比較が利いて
面白いかもしれません。
ウチは件のリア左ベアリングを発注して来たので、
ソレの打ち替えが済んでから・・・かなぁ。
今度はハブベアリング粉砕で立ち往生、てのも
洒落になりませんからね(苦笑)。

ご苦労さまでした

復活おめでとうございます。
30年といえば、NA6ロードスターとちょうど同じ
くらいと考えると、実働で状態の良いエンジンに
巡り合えたのは、ホント恵まれましたね。

降ろした方のエンジンもさほどコンディションを
落としていなかったのは、やはりオイル管理などの
メンテナンスが良かった裏付けなのかなあと。
実は空冷エンジンって、冷却水で油温が安定する
水冷よりもオイルに厳しそうですよね。

いつか復活したセロー共々、バイクに乗ってお会い
できるよう、私も普通に走れるよう地道に練習して
おきます(笑)。

>サンスター
私も最初、同名のメーカーなんだと思っていたら、
あの歯磨き粉のサンスターと聞いて驚きでした。
車だとギヤ比を変えるなんてちょっと厳しいですが、
こういう所もバイクの醍醐味?なのでしょうね。

お疲れさまでした

ご自身での載せ換え、凄いですね!
さらにノントラブルで走り出せるってのが素晴らしいです。

近々、ご存じEVOエンジンのプライマリーを開けて、クラッチ&ミッションのメンテをするのですが、今から憂鬱です(笑)
過去幾度も整備ミスで、試運転時に不具合発症させていますので…

記事中の川内!良いところですよね。
例の天国ロード走り穴沢に抜けて、ガンドに行ったら最高だな~
などと妄想しておりました(笑)
あ、未だに冬季閉鎖などに阻まれて未走行なのですが、南方向である霊験あらたかな早池峰山を観ながら走られる、川井住田線通り絶景の荒川高原から附馬牛まで、そんなルートもあるのでしたね。
ほんと天気の良いときに快走してみたいです。

琢磨呂さんヘ。

>30年といえばNA6ロードスターと同じくらい
手許に来た書類上は平成3年登録となっているけれど
その頃はもう次の3RW2が発売されていたハズなので
元年~2年製造の在庫処分車かもしれません。
自分が乗り継いだNAの1号や2号と同じ年式ですな。

実は四輪より更に趣味に振られた不便な乗り物故に
昭和車でも未だ1万㌔台のバイクってザラなんです。
友人が直している最初期型250Γ(昭和58年式)も
2万㌔には全然届かないような個体ですし。

但し歴代セローの中で多分最も売れた世代と言えど
「壊す」→「載せ替えを考える」→「うってつけの
エンジンが身近に!」というトントン拍子の流れは、
周囲にOff屋さんの居ない(トレール/トライアル/
競技屋って意外と棲み分けの壁が高い)環境下だと
「運と縁が味方した」としか考えられませんね。

>降ろしたエンジンのコンディション
凝った点の無いコンベンショナルなエンジンである
ことが一番大きな要素かな、と思います。
降ろすまでの間に特別大きな事は何もしておらず、
タペット調整を2~3度、クラッチ板の取り換えを
2万㌔の時に一度経験しているぐらいかなあ。

ただ、排気量に対してオイルの容量が少ない点は
知っていて(祖先のXT125とクランクケースの
サイズが基本的に変わっていない)気に掛けて
来たため最大でも2500km以内で換えて来たし。
ボンクラなスペックだけれど熱害の面が辛いこと
(低いギアを多用して林道を走る=走行風による
冷却があんまり期待出来ない)も察していたので
グレードをケチらなかったのも幸いしたのか、と。

仰せの通り水温マネジメント要素が省かれた空冷って
完成した機関は大らかな造りであっても設計する側は
使用環境の想定の仕方が相当難しいのではないかと。
コスト掛けられないエンジンがどこへ仕向けられるか
考えてみれば、ソレは良く見えて来ますよね。

場合によってはほぼほぼロシアなモンゴル辺りから、
赤道を挟んだアフリカ周辺や南米とか南アジアとか。
経済的にも恵まれているとは言いがたい彼の地なら、
ユーザーが手にするオイルにしても質が知れている。

タイで生まれたウチのカラス号が、125なのに僅か
10ps程しかない様に「あえてのアンダースペック」
にも、おそらく相応の理由があるのでしょう。

>サンスター
自分も昔、ミスターバイク誌で取り上げられるまで
偶然同名となった全くの別会社だと思っていました。
創業の大元に自転車部品製造から立ち上げたという
歴史を秘めているのだそうで、調べてみると面白い
ことがあるモンです(国内生産二輪車のスプロケは
シェア100%!でサンスター技研製なんだとか)。

燃費重視で出足から加速までが眠い四輪の中には
「これでファイナルが軽かったら、多分それだけで
乗り味の愉しさが激変するだろうになぁ」と感じる
クルマも少なくありませんよね・・・。
でも仮に互換性のあるローギアなデフを見つけても
そうそう簡単に載せ替えは効きませんから。

きつねがやった「前一丁増し」ならチェーンの長さも
標準装着品のままで行けるので、ほとんどの車種で
気軽に試して遊べる範囲。出費は3000円から釣りが
貰える程度だからテストしてみない手はありませんよ。

Tetsuyaさんへ。

>ご自身での載せ換え、凄いですね!
いやいや・・・縦にも横にも自力でカマ開けてしまう
オーバーホールに比べたら「ポンのポン」ですから。
エンジンのスケールは小さくともバラして改良の手を
施してしまうスーパーカブ系チューナーさんの方が、
自分よりも数等手練れじゃないか?と思いますよ。

※今回エンジンを譲って下さったクマ師匠もそういう
系統のヒトで。遠心クラッチのSOLOをマニュアル
4速72ccに組み替えたり、郵政カブの残骸から架空の
オートバイ「XC-90」をデッチ上げた上で、ソレが
分かっていないオジサンから「懐かしい!むかし俺も
コレに乗ってたんだよ~!」という言葉を引き出して
ニヤニヤしていたりするエキスパートです(笑)。

ノン・トラブルのドナーだった面は・・・運ですね。
付属して来たメーターが実はエンデューロに出るため
外されていたものだとしても恨みっこナシだったし。
出所とされる整備訓練校で生徒にデタラメに組まれた
エンジンだったにしてもやはり誰も責められないし。

オマケでついて来たリアハブのドラムがあんまり減って
いなかった事、師匠を挟んだ至近のオーナーが一度は
掛け動かした経緯を持っていた事に賭けました
(そーいう意味では素性が分からない某オク物よりは
確度が高い素材に思えたのも、積み換えに踏み切れた
大きな根拠となっています)。

>EVOエンジンのプライマリーを開けてメンテをする
↑ソッチの方が、きつねの冒険より相当リスキー(汗)。
昔キジマのライトクラッチ・キットを組んだ時点でも
「うわー、やっぱ毛唐の考える事は理解出来んわ!」と
その非合理的な構造にクラクラさせられましたからね。

>記事中の川内!良いところですよね。
昭和からの岩手ライダーなら「もうもう亭跡」で通じる
ランドマーク。トンネルを挟んだ「道の駅かわうち」が
その後を継いだカタチになっていますね
(名物のドラゴンラーメンはイチ推ししときます)。

自分が写真を撮った川向こうのJR山田線・岩手川内駅、
実は大半がプレハブに置き換えられローカルでは希少と
なった「木造有人駅舎」なんですよ・・・。

そこにバイクを停めてレールを見渡すなら、未だSLが
現役で走っていた頃の給水塔も見つけられます。
そしてR106の下をくぐれば、件の「ミニ箱根」こと
八戸大規模林道の起点に立つ事が出来る次第ですね。
ここも舗装された峠のピークで一服すれば、向かいに
「おいでおいで♪」と手招きする数十キロのダートが
岩手和井内まで延びていたりするんですが(苦笑)。

>川井住田線通り絶景の荒川高原から附馬牛まで。
逆に南からたどると遠野~荒川~旧新里でR106に出て
少し西へ戻って川内から大規模林道を経由し旧R455の
早坂高原てっぺんに出る、という組み方でしょうか?

あとはR340を伝って(実は早坂レストの西から入って
イーハトーブトライアルの舞台を味わいつつ葛巻へと
抜ける絶景並行ダートも二本存在する悩ましさ。笑)
県北内陸のパラダイス・ルートへ繋いでいくも良し。
一度大館へ出て秋田アスピーテと岩手アスピーテや
樹海ラインを結んで盛岡へ入るも良し・・・ってね。

ここに今一度の「地元推し」を付け加えるとしたら、
龍泉洞から田野畑まで全くのシグナルレスで繋がれた
最速ジェットコースターライン「しもへいグリーン
ロード」か、対照的に昔から「公道ジムカーナ」と
揶揄されている大槌~遠野間の「笛吹峠」になるか
(ここは上手く貞任峠までの地図を結べると50基の
風車が聳える高原に出られます)。

後者を選択しても分岐を見極めるとR106旧新里まで
ほとんど民家が無い山岳県道を見つけられますから、
ツアラー視点ではほとんど魅惑のメビウス・ゾーン。
コロナ・ウィルスに対し県内各地在住の妖怪が手を
結んで張った「結界」をも実感出来る山深いエリア。

「何にも無い代わりに実は何でもアリ」と地元衆が
意味ありげにほくそ笑む理由、Tetsuyaさんだったら
縦横無尽に味わって貰えるんじゃないかと思いますよ?